感性の話


 T新聞に月に一度、俵 万智さんのエッセイのページがある。
 今月は、タイトル「五月の散歩」だった。
 
 要約すると、なんでも俵さんが叔母様と仙台を訪ねたところ、ちょうど当地は葉桜の季節に移行するところだったらしい。 最後の花びらたちがあるかなきかの風にさえ散っていくさまをみて・・・
 叔母様いわく「なんかフケみたいねえ~」005.gifと言い放ったそうな003.gif
 また、北国に住む別のともだちからはメールで
 「桜はもうかなり緑がのび まるでヒゲが生え始めた中学生男子のような恥ずかしいビジュアルになっています」と送られてきたそうな003.gif
 そこで、俵さんいわく、満開の桜を楽しんだあとの夢から醒めたような感覚がロマンチックでない比喩をもたらすのか、それとも、それぞれが持つ感性がそう言わせるのか?と書いていたのだが・・・。

 実は、なにゆえこれを持ち出したのかと言えばです。
 なにを隠そう私、ひょっこりも常々桜の終わりから青々とした若葉に移行するまでの木々をいつも、その叔母様やお友だちのような感性で見つめたいたからなんですね~。
 「ああ~この中途半端な木の姿 まるで中年女の剥げかかった化粧みたいだ」と少々の哀れと幻滅の目を向けていたんですね。

 で・・・また感性の話ですが、これを俵さんの言葉のマジックにかかるところによれば・・・
 樹木だって現実をしっかり見つめて次なる葉っぱをせっせと出していると。
 そのせっせを楽しみたくて、東京にもどり幼児の息子さんの手をとり一緒に川べり散歩にでると、
 同じ川べりの桜の木でも日当たりによって微妙に状態がちがうのがおもしろい。
 すっかりみごとな男子高校生のような葉桜もあれば、日陰で育ちの悪い桜からは最後の花びらが落ちてきたところだったと。
 それをみた幼児の息子殿が「桜さんが(見ている自分たちに)ありがとうって花びらでお礼を言ってくれたんだ」ってつぶやいた。「フケ」と言った叔母に聞かせてやろうとむすんでいたんですが・・・。

 俵2世だからなのか? いやはや感性というものはいかにして瑞々しくたもてるものなのか??
 天から運が降って来て・・・足元には現金が落ちていればいいなんて思って暮らしているひょっこり様にはチト、チクリの読み物でした。

 とはいえ、ちょっとは心豊かに暮らしたいと思っているので、今週は映画に、知人の絵の展覧会にと出かけて行ったひょっこりではございますが・・・ 瑞々しい感性が生まれてきてるか否かは・・・・
 未知数??だね~019.gif
 
 
 
 

by hyokkorijima | 2009-05-15 18:00
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