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まだまだ・・・と身近な被害者


 こんばんは。ただ今の時刻午前1時30分をまわったとこ。ぶっちゃけ深夜です。
 12時に銭湯から帰ってきて、小腹が空いたので夜食を食べ、今こうして勝手に自分の時間を満喫しているって・・・もったいないことですね。
 私は、土・日バイトをしているので、休みは月曜、よって普通皆様の嫌いな日曜の夜が、私にとっては嬉しい晩なんですわ。

 前回は、シリアスな思い出話を告りましたが・・・その関連でひとつだけ触れておきましょうか。(陸前高田の)高田松原のこと。あのものすごい津波に襲われた中、1本だけ奇跡的に残った松の木があるそうです。高さ10メートルの宮古のスーパー堤防まで簡単に破壊してしまう津波の破壊力にも耐えられた唯一の1本、こんな奇跡ってあるんですね。市民はこの木を復興の拠りどころとしてがんばるそうです045.gif(なんか泣ける)
 
 まだまだ地震の余波は生活も直撃していて落ち着きませんね。今度は連日放射能情報に振り回されて・・・。忘れもしません、先週火曜日、都内浄水場から放射能が検出されたと一報が流れたとたん、びっくりしましたあ!サ○ットもイセ○ンも専用ボトルで水を汲む人の、列・列・列。
 で、2日後、放射能の値が下がったことと、どちらのスーパーの給水所にも「これは水道水の不純物を取り除いたもので放射能まで取り除いたものではありません」て、でっかい注意書きがついたとたん、アレ?あんなに並んだ人の列はどうした?
 替わりに、今度はペットボトルの水やらお茶の争奪戦022.gif
 なんか、もうてえげんにしましょうや!です。いい年齢したおばさんがかごにペットボトルのお茶12本入れてるのを見たときは・・・なんか・・哀しくなったね。
 私は、いつもどうりこの水を汲み、葉物野菜も食べるし、普通に暮らす。電気も水もある暮らしをしている私たちが食べ物まで買占めたら被災地の人たちはどうなる。まったく。
 

 ところで、この地震で私のとっても身近にも被災ではなく被害者がおりました005.gif 
 新浦安駅前のマンションに住む、私のもうひとりの兄。
 浦安が液状化現象でディズニーも閉園とは聞いていたけど、浦安って、水道・電気も止っていたんですって。家の固定電話もつながらないの、知らなかった~。
 今晩携帯から連絡があって「やっと昨日から水が使えるんだよ、おまえよ、毎日給水車のとこ行って並んで水もらうって大変だぜ」って・・・そうだよね。
 トイレも使えず、お風呂も入れず、1週間が過ぎた頃はさすがに嫁さんの実家にお風呂をいただきに行ったんですと。あの地震から半月たって、やっと家で水がでる、俺泣きそうだよですと。
 確か「浦安」って住みたい街として「吉祥寺」にせまる勢いだったのに・・・今回とんだミソつけちゃったようで・・・。
 それもこれも、あの地震がなにぶんにも想像をはるかに超えてメガすぎた。
 
 あの地震から、春に向かうことも忘れてしまったのか、季節が一ヶ月戻ってしまったような寒い毎日。今週末はもう4月なのに・・・。桜も悲しみで咲くのを忘れてしまったかしら?
 桜が咲いて、ライフラインの復旧のメドでもたてば、北国の人たちも元気になれるでしょう。 
 がんばろうね、ニッポン!私しゃACの回し者じゃないけど。

by hyokkorijima | 2011-03-28 02:35

少しずつ・・・と、告白!


 あの大震災から10日。虚脱状態から少しずつ、みんなが今やれることは何かを考え始めたこの頃。この震災は、忘れていたことを随分と今一度考えさせてくれることにもなりました。
 
 スーパーにも少しずつモノが帰ってきました。だって震災後初の日曜なんか、棚にもケースにもなんにもなんにもなかったもんね007.gif 私は3日前です、卵・パン・ハム・牛乳が同時にそろったの。ハムエッグとカリカリトーストにシャキシャキのフリルレタスを食べて・・トーストってこんなに美味しかったんだ、卵なんていつもあると思ってた、おかえり!卵!ってすごくいとおしかったもんね。電気なんてスイッチ入れりゃ当たり前のようにつくものだと思っていたし、蛇口ひねって水が出ないなんてキレてやると思ったけれど・・・みんなみんな当たり前ではないことなのね。
 どっかの知事さんみたいに「天罰」とは言わないけれど(アレはタイミング悪すぎ)・・・
 便利に慣れすぎていた私たちが今一度謙虚に生きるということを考えさせられているときなのかも。スーパーもレストランも今までから比べれば、随分と暗いけれどまったく不自由は感じない。
 むしろ今まで使いすぎだったのよ、ウン。大規模停電を考えれば、節電くらいいくらでも工夫できるって、今回初めて学習しましたね。
 あとは買占めをする人!買いすぎたと思ったら今からでも「少し戻させてください あのときはあせってしまって」と手をあげることはカッコ悪いことじゃないとスマップのキムタクも言ってたぞ。 ウチの便所紙が品薄状態、電池は単1がゼロ、買い占めてるヤツ!戻せ~022.gif
 でも毎日温かいお風呂に入れて、好きな時間に好きなものを食べ、プライバシーも保たれているってとってもありがたいことなんですね。
 
 実は、話はコロリと変わるけれど・・・この震災は私にずっとずっと忘れていた過去も連れてきた。それもあって私はホントに虚脱状態で、花粉症と物資の調達と引きこもってる娘に加えてこの震災が正直とっても堪えていた。
 ずっと独り毎日新聞広げては心が小波だって・・・。ブログもなんか更新する気になれなくて。
 でも思い切って告白なんてしてしまおう。整理をつけるためにも。

 もう30年も前になる。20代の初めに付き合っていた人が、今回この震災でいつも取り上げられる壊滅の街の出身なのだ。東京の大学に進学する為上京しそのまま東京で就職したその彼とは、2年間の付き合いだった。当時私は、今のようにまだ毒舌吐いたり図々しかったりするおばさんではもちろんなくて・・・まっすぐで、思い込みも激しくて、真面目で、ただただ一本気で、ときには押してもダメなら引いてみるなんて余裕もなくて・・・彼じゃなくてもあのころの私を、今の私はうざくて振ると思う。つまり彼はそんな私が重くて耐えられなかったのだと思う。
 しまいにはぐしゃぐしゃになって逃げられた。かっこ悪くてカワイソだったのよ、当時の私。  
 でもそのことがあって、初めて自分というものをじっくり見直して生まれ変わるために必要な試練だったと後に思うことになるわけだけど・・・(エラソー)
 それから数年後、こうして今の家庭を持つようになって、その彼のことは思い出しもしなかった。彼のことよりその当時の自分を思い出したくなかったんだと思う。
 それがこの震災で、あの被災地の街が映し出されて30年前が突然フラッシュバックされてしまった。あの地震がなければ東京ではきっと誰も知らなかった街。
 あの出来事から、当時まだ私たちが付き合い始めてキラキラしていた頃の彼の声が不思議とはっきり記憶によみがえってしまうのだ。

「俺の出身地、東北だけど雪は内陸みたいにたくさん積もらないんだ、海沿い、三陸だからね 海風は冷たいけど高田松原ってきれいな海岸があるんだよ いいとこなんだ 最終的にはやっぱり帰る田舎に」
「田舎だからってバカにするな~ 岩手は日本のチベットだ 広いんだからな」
 あのときの笑顔、まだ22、3歳だった私たち。もう30年たってしまった。思いだすこともなかったのに・・・。突如全国区になってしまった壊滅のあの街、彼の故郷は岩手県「陸前高田」。  
 私って、元同僚でもなく、友だちでもなく・・・50数年生きてきた彼の人生の中では、輝きももたない小石のカケラかもしれないけれど、今回の震災で彼の名前も市内の町名もはっきり思い出してしまった。美しくいえば、青春のほんのいっとき楽しく切ない時間を共有した者として、無事であることを祈りたいと思う。
 娘とも夫とも共有できないこの思いは、10日間ニュースに触れるにつけ独り私を悩ませた。
 もう・・・終わり、これから落ち着いて死亡者名簿などというものが、もし新聞で公表されることがある時は、私はそこに彼の名を見つけないことを願うだけだ。

 人生にもしも?はないけれど・・・私のあのときの恋心が成就していたら、私はあの海沿いの小さな街で津波で人生を終えていたのだろうか? 人生にもしもはないけれど・・・。
by hyokkorijima | 2011-03-22 00:39

大変なことが・・・


 3・11、2時50分。生まれて初めて、死ぬかも?と思いました。
 大変なことが起こってしまいましたね。東北・東日本大地震。
 ウチでは娘は勉強に追い込まれていて、私は前日に母を送り、ようやく据え置きになっていた細々としたことを片付けようと思っていたところでした。
 娘が「地震!」と叫ぶので「あっ そうね、地震だ火を消せ!給湯器の元栓やガス止めるわ~そのうちおさまるでしょ」なんて構えていたら・・・なんのとびきりの揺れになって、みるみる私たちの顔つきは変わってしまいました。

「お母さん ダメ 飛び出すよ 早く早く」の娘の叫び声に「やたら飛び出したら危ないじゃない」「なに言ってるの死ぬよ」手を引っつかまれて玄関に出ようとした、まさにその時、ダイニングの食器棚の戸がばっと開いてしまって・・・がしゃがしゃがしゃ~ん!本棚の本がダダ~、もう言葉も出ず夢中で9階から1階まで階段を駆けおりました。
 その後も2度ほど大きな余震で9階と1階のマンション入り口を往復し、住民の方々とかたまって・・・  家の様子確かめなければなりませんねと戻ったときの驚き。
 食器は6割がた割れて散乱してました。ハワイのクラシックホテルで買ったロゴ入りのシャンパングラスも娘の土産の琉球グラスもシンガポールなどで買ったワイングラスも、グラスは全部見事に失ってしまいました。アコーデオンドアも開閉できません。
 でも、テレビを見たら命があることが、どれほどありがたいことか身にしみました。
 あの光景が現実なんて・・・信じられますか?
 家が・・・家や船や車が、まるで模型のようにプカプカと沖合いに流れていくさまは胸がつぶれそうです。
 今年のお正月に顔を合わせて団欒に沸いたご家族もたくさんいたでしょう。
 あと1ヶ月もすれば、寒い北国にも春の気配が感じられる頃になるというのに。
 桜も見ずに、よもやこんなことになろうとは・・・誰が想像したでしょう。合掌です。

 私は、昨日割れた食器の片づけを終えて、ご飯をつくる元気がなくて、スーパーに行ったらお弁当の類が見事に一個もありませんでした。セブン○ブンにも昨晩はお弁当は言うに及ばず、おにぎり、おでん、パン、カップめんまで空っぽでした。
 で、今日コンビニにはたくさんのおにぎり・お弁当はありましたが、スーパーでは、卵・パン・がいっさいありませんでした。みんな無口でレジにならび・・・災害ってこおいうことなんですね。
 ちょっと衝撃が大きくて・・・。
 ただ、私の周りの人たちがみな無事だったことが本当に良かった。
 皆様も・・・大丈夫でしょうか? とりあえず私は無事です。 

by hyokkorijima | 2011-03-12 23:08

ひなまつりの珍客?


 昨日は寒い~寒い~ひな祭りでしたね。
 マ○さんとこのお雛様素晴らしかったです、先ほど拝見させてもらいました。
 で、我が家にはといえば・・・とんだ古い雛様がやって来ました~005.gif
 そう実家(埼玉)の母が、兄夫婦と衝突してまた出てきてしまったよ(汗)
 少し落ち着いていたかと思ったらまたコレかい!
 聞けば、実家の水廻りがすべてポンコツになってしまって・・・トイレは使えず、お風呂にも入れない生活がもう一ヶ月近く続いてしまっているらしい。
 ライフラインっていうのは生活の根本だからね、それがなかなか工事が始まらないイライラにみんなトゲトゲしてしまって、とっちまりがつかなくなってしまったらしいのだ。

 昨日母から電話があった。しかも公衆電話005.gif
「もしもし 私しゃ今コミュニティセンターの公衆電話からかけてるんだけど・・・少しウチを出ようと思ってるから」って。「エッ?またやっちゃったの? 出るってど、どこへ?」
「どこへってあんたのとこか浦安(次兄)しか行くとこないや」ググ~、やっぱし。
 で、次兄は「お、おれはダメだからな」だって。
 元はオメエが長男に文句垂れるからだろ。
 結局薬局(古)おとなしい末っ子、私ひょっこり様がほとぼりが冷めるまでお預かりだよ。

 やっぱし、今日び嫁と姑が同居する時代ではないですよね。
 実家を見ていてつくづく思いますワ。古い土地柄で昔の典型的「嫁」をしてきた母親世代(80代)と、勤め先で社内恋愛で連れてきた嫁を同じ家に入れてもダメだって。
 ウチの実家まわりで上手くいってる同居家族というのを聞いたことがない。
 
 私には息子がいないから、少なくとも嫁姑関係は存在しない、それだけは救いか?
 でも、家出するなら、プチ旅行かホテル滞在でもできるトレンディばあさんになりたいね。
 とりあえず、私の自由はただ今奪われ中008.gif
 まっ、しょうがない、お母さん明日ランチでも行こうか。
by hyokkorijima | 2011-03-04 02:06